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2023

『私は口を閉ざしている。以前にも聞いたことがある。
いわゆるカルトの典型的な勧誘の手口だ。
まず標的を身近な環境から引き離す。しかる後に飢えさせて抵抗力を弱めると…
見当識を失い、時には幻覚に見舞われる。
その結果、標的はひどく暗示にかかりやすくなる。
ほどなく啓示を受け取り…悟りを開いたと感じる。
この手口でブラックファイアは信徒を集めてきた。常套的な洗脳の手段だ。
しかし私には効かない。私の現実感は強固だ。強固だ…強固だ…強固だ…強固だ……』
バットマンがカルト教団の前に跪く時、
ゴッサムの破滅が始まる…
かつて凶悪事件が絶えなかったゴッサムシティの犯罪率が、ある日急激に低下し始めた。
街に溢れていたはずの路上生活者、ポン引き、ドラッグの売人、街娼たちも姿を消し、市民やマスコミはその状況を歓迎する。
しかしそれと同時に、ゴッサムの守護者であるはずのバットマンが行方不明になってしまう。
一見するとかつてないほどに平和になったゴッサムだったが……それはカルト教団による、恐るべき陰謀の序章にすぎなかった。
偽りの平和が崩壊し、無辜の市民の血が流れる時、闇の騎士がゴッサムに舞い戻る!
◆収録作品
1988年08月:Batman: The Cult #1
1988年09月:Batman: The Cult #2
1988年10月:Batman: The Cult #3
1988年11月:Batman: The Cult #4
◆バットマン VS. カルト教団
ここ最近はバットマンのクラシックな名作タイトルの邦訳が続く小プロ。今月はこれまた名作としてよく話題に上がるもなかなか日本語版が刊行されなかった80年代後期の傑作、『バットマン:ザ・カルト』がついに発売だ!!個人的にも公式アンケートでちょいちょい邦訳リクエストを送っていた一作なのでようやく邦訳されて嬉しい。
ちなみにミーム化しているこのビンタロビンの元ネタ作品でもある『バットマン:ザ・カルト』、方々で名作と聞いてたのとスナイダーバットマン(『バットマン:エターナル』)でメインヴィランのディーコン・ブラックファイアが登場した事で解説冊子で紹介されてたり、あとこのリプ画像で有名なシーンの元作品だったりと以前から気になってたエピソードなので楽しみ pic.twitter.com/SOPIcADUjH
— michael (@michaelgoraku) March 11, 2023
本作『バットマン:ザ・カルト』は、ゴッサムに蔓延る悪人が何者かの手によって行方不明になったり殺害されたりする事件を追っていたバットマンが一瞬の油断を突かれて導師ブラックファイアを名乗る男が指導者となっているカルト教団の地下帝国に幽閉されてしまうところから始まります。
信者から胡散臭すぎる導師ブラックファイアの伝説を聞かされたり、命を落とさない程度に拷問されたり、ひどい味の食事を必要最低限しか与えられなかったりしつつも意識を強く保ち反撃の時を伺うバットマン。
しかし、このカルト教団に入り彼氏からのDVの苦しみから解放された被害者と直接対面した事でその精神がゆらぎ始め、かつブラックファイアの「悪人は処刑しなければ時間が経つと結局街に舞い戻り彼女を殺していただろう」という主張にしっかりとした反論ができず、バットマンは悪人に対して不殺を誓う自分のスタンスに自信が持てなくなってしまう。
そこに畳み掛けるように犯罪者の裁きを法に任せてきた事で最終的には釈放されてしまい、結果的には野放しにしてきた事を責められ、「善良な人もいる」と反論すればそれは肯定され、そんな彼らを救うための守護者にならなければいけないという事、自由主義の法律が無力であるという事実を叩きつけられ、バットマンはもはや反論する術を失ってしまう。
そして心が動揺する中、このカルト教団が奉っている『力の象徴』であるトーテムが大きく成長している様を見せられ、トーテムから放たれる『神々しい輝き』を目撃し、『啓示』を受けてバットマンの心はついに『救われた』のであった……。

導師ブラックファイアの教えを『理解した』バットマン
そこからは銃でヴィランをガンガン撃ち殺して最高の気分に浸る妄想に囚われたり、信者たちと一緒にマフィアの屋敷の襲撃に加わったりと、なんとかかろうじて残っている良心から自分が殺人を犯すことは無いものの、悪人たちが目の前で殺される事に関心を示さないなど強い洗脳状態に陥ってしまうバットマン。
ゴッサムシティの犯罪率はブラックファイアの一団の自警活動によって急速に低下している事がニュースでも本格的に報道され始め、世間も『住み良い街』になったのもあり、彼らの行動を肯定する意見が多数を占めるように変化していく。
一方、バットマンの相棒である2代目ロビン、ジェイソン・トッドと警視総監ジェームズ・ゴードンは行方不明となったバットマンの捜索と、どんどん行動がエスカレートし、殺害対象を広げていくこのカルト教団の凶行を止めるためにより捜査に力を入れていくのだが、その行動は後手に回り続け、ついにゴッサムは……。

◆感想
めっちゃくちゃ面白かった!!!!!!!!!
本作のヴィラン、ブラックファイアはとにかく弁が立ち、バットマンに対して武力ではなく精神を揺さぶり続ける事で勝利を収めたという稀有な敵。人々の欲望を掻き立て、行動を正当化させる『正義』の理由を与えるための言葉選びが上手すぎる最悪の相手です。カルト教団の教祖はとにかく人を引き込む話術に長けているものなので、その怖さが如実に描かれているキャラクターに仕上がってましたね……。
そして第1話から最終話に至るまでずっとよわよわな状態のバットマンが描かれるあたりも、今見てもかなり尖った内容だと思う!!こんなにも長時間情けない表情を晒し続けるブルースぼっちゃまはなかなか見れない。
バットマンをこのレベルまで追い詰めて徹底的に精神を破壊したあたり、ブラックファイアってバットマンの歴史を見てもいまだ上位に位置するレベルで強敵のヴィランな気がします。ジェイソンが居なかったら完全敗北していたし、マジで最後の最後のギリギリまで緊迫感のあるストーリーでした。内容も濃密で、ほんと全4話のミニシリーズの敵とは思えないヤバさだったぞ……!

死んだ両親に責められる悪夢を見るブルース
もはや限界ギリギリの状態
インパクト抜群なストーリー展開であった事もあり、本作に登場したメインヴィランのブラックファイアはたまに再登場を果たしたりゲーム『アーカムシリーズ』にもヴィランとして顔を見せたり、本作が初出の先住民族『ミアガニ族』の設定がモリソンバットマンのシリーズで拾われて以降設定が膨らんでいく事になったりと、単独で楽しめる独立性の強い一作でありながら後々のバットマンタイトルに影響を与えまくっているのも注目点。
あとちょっと意外だったのがこの『バットマン:ザ・カルト』、本作のライターであるジム・スターリンの序文によると制作の原動力になったのは現実のカルト宗教に対する怒り……とかじゃなく創作物を規制しようとする権力者や団体への不満から来ていたらしくて「そうだったの!?」となりました。
でも劇中に登場するカルト教団は『正義』を振りかざして『悪人』をどんどん消し去り、ゴッサムを『平和』にしようとする連中なので実際読むと納得ではある。……ていうか30年以上前の作品なのに今も普通に現実でよく見る光景だね……!